5,二荒山登山

 弟陳平が13歳になった。13年前父に連れられお礼登攀した同じ道を 親爺代わりに同じ道を案内。

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八月十二日 土曜日

<登二荒山>

 ことしも亦二荒山に詣でんと、弟陳平を連れ朝の五時ばかり門出す。

 

 弟を車に載せ吾独り徒歩にて行く。夜はほのぼのと明けて西の空に霞棚引き、雨さへ降り出で今日の天気如何といぶかりて行く。程なく止みて日さえ東に差し登りて朗々と晴れ渡りぬ。待つ間程なく鹿沼の停車場を汽車は出でて、日光に着けば早や十一時、ひるげの用意させて裏見の瀧見ばやとたちて行く。

 

 何時ふりし山時雨にや、途辺に茂れる萩の花開きたるが露にこちたくそぼちて、枝もたははに曲る様何とも例へん方なし。弟も始めて日光に遊ぶものなれば何となく面白く、彼の山の高さよ、此の川の流れの強さよなど勇み喜ぶ。川べり伝ひて山に登り又下れば千雷の轟く如き響き、是れぞ裏見瀧ならん。実に冷気は霧と共に来りて清気骨に徹するの感なりき。

 

 弟を労はりて山かき登り中禅寺に向ふ。吾去年の夏、友三人と遊びし時は見るもの聴くもの皆珍しからぬなく、峻峰空に聳ゆるを見れば心も亦天に聳ゆる如く喜び、万緑濃きあたりを閑歩すれば心も亦色めきて嬉しく、激流奔淵の白きを見れば心も亦勇にして快哉と呼びたり。今又茲に遊びて多少の感なき能はず。

 断巌千丈鑿もてけづりけんばかりなる処に松楓参差として蟠り。奇岩怪石水と闘って泡沫霧となりて飛ぶの壮景は去年も今年も変らぬに、去年仙境とは茲を謂ふやらんと評せし所も今年は左までに思はぬ不思議さよと、世間の万事に引き較べて感慨胸にあふれたり。

 

 白衣の二荒山登拝の道者引きも切らず、続々として中禅寺に向ひ、彼所も高声此所に放歌、〇しさと殺風景なるとは言はれぬばかりにて、馬返しの坂のあたり怪鳥の声、前嶺後峯の白雲紫霞驚き去りて趾だになし。

 

 華厳瀧は例に依りて壮烈を極め、見る人をして胸襟を開きて遠大の志望を興さしむるに足る。

 先の華厳の壮観を見て、茲には中禅寺湖の清麗なるを見る。湖山を掠めて来る清気は渺々たる湖上の微漣を追ひ、一帯の白雲、一抹の碧霧、彼の山此の山の緑色濃きあたりをあやどりて、景色の面白さ昨年と変りは無かりけり。昨年見し時は湖畔は静けく鶯の声のどかにして、

 

    中禅湖水遠成湾 晃嶺雲深鶯語閑

    日暮風寒雨全歇 漁舟一隻帯雲還

 

と吟ぜしも、今年は鶯語も田舎漢の高歌に驚かされ、雲を帯びて還りし漁舟は人を満載して還るなど只だ去年と変るのみ。

 

 精進料理に南京米のなま飯喉を通るべくもあらず、餓を覚ゆれども食ふものなきには殆ど窮せり。去れど常に麦飯に味噌をつけて食ひ腹を鼓つやからは、舌打ちならして皿まで舐めん有様にて、酒を傾け、酒の肴の不足を感じ、煮しめもや取らん、何程にせん、二銭か三銭かなど謂ひ、客舎の下女にたはむれなどして喜ぶ様を見るに附け、彼らの心はのどけかるらんと独り羨しむも詮なし。

 

 吾等の如きは早や寝んものと夜具打ち被りて眠りしも、隣にて当時流行の花合せ、車座作りて無我夢中に戦はせて、みじかき夢も時々驚かされて眠りもやらである中に、早や午前一時になれば朝飯の用意も早々にして、いでや二荒山に踏み登らんと足ふみ鳴らして勇み立ち、弟をたすけて登りぬ。

 

 始めの程は道嶮ならねば皆急ぎて足も疲れて、皆あへぎてものも謂はず。只だ遠く高きあたりに六根清浄と歌の如く長く短く調子可笑しく聴ゆるのみ。まだ二時の頃なれば、あたり真くらくして山の頂は何処、下の湖水は何処と眺むれど、頂は見得べくもあらず。湖水のみ星の光りをキラキラと反射しておぼろげに見ゆるのみ。頂見えずして水海のみ見ゆれば、未だ多くは登らぬかと力を落して、早や何程登りしやと人に問へば、まだ三分のみと答ふ。

 勇を鼓して手に提げたるかすかなる提灯の光りにて登れば、茲は一の茶屋とは名ばかりにて水のみ売る。一パイを取りて喉潤ほし再び進めば、途は愈々嶮なりければ弟の手取りて登る。木の根の蟠りて登るに便なり。皆人根を取りて根にのぼり、手をつきて四つ這となりて行く様は猿と見違ふばかりなり。

 

 まはり二丈もありなんと思ひし木も、今は漸く小さくなりて数尺を出づ可くもあらず。蟠根の区域は去りて、巨岩片石の碌々たるあたりを彼方こなたに飛ぶの区域となりければ、二の茶屋三の茶屋も何時か過ぎて瀧野山神社に詣で、峻坂を登れること一時間もありしが、あたりの木々皆矮小にして高きも一丈を越すべからず。程なくして東の方白みて、山の頂も近くかすかに見るを得たり。勇み喜びて頂近く登れば、朝日は東天に登らんとする様例へんに物もなきまでなり。

 

 南の方に当りて山乎と見て山に非ず、恰も一大森林の如きものあり。心に思ふ、此の山、地を抜く事六千余尺、彼の森又此の山に下らず。不思議と思ひける中に東の天際紅く黄ばみて、一帯何百里かと覚ゆるまで輝けば、彼森は森に非ずして雲の起りて将に前山を越えんとするなり。東天の光輝之に映じて紅となり黄となり又白となる。常野の野、極目皆雲の下影にありて見ゆべくもあらず。鬼怒、大谷の二川山間の谿谷を縫ふて離散集合極りなく、合して一つとなり、分れて二となり五となり三となる、恰も染家の子女が白糸を緑水に洗ふに似て可笑しさ限りなし。

 

 麓を眺むれば中禅寺湖鏡の如くして、一点の微漣も見る可からず。断雲所々に横たはりて可笑し。赤城、白根皆脚下に見る可し。遠く目を放ちて芙蓉の仙峯愈々高く益々秀にして、群山平卬の中に巍々又峩々たり。

 常野の野を覆ふ雲の若し綿なりせば、如何ばかり富を得るやらんと謂ふものあるも可笑し。

 

 冷気は強くして骨に徹するの思あり。今まで汗を搾りしものを今は皆襟かき合せて戦くのみ。余りの壮観故少しく見ばやと思ひつれども、弟にせき立てられ山を降る。三時間程降りて山下近くなりける頃後ふり返り眺むれば、はや南より吹きさそはれし風は二荒山に打つ着けて白き雲となり、頂さして立ち登るを見るのみ。樹の間へだてて見下ろせば、白銀流す水の面まばゆきばかり光かがやく。

 

 山をおりて湖畔に来れば、年若き弟は船の行き来を見て、此の船に乗りてここかしこの景色こそ見たけれとひたすらに謂ひければ、山間の子は船珍しく思ふよなど打ち笑ひて、汗方に向ふ船に乗せて四方の景色を見せ、物知り顔に説明などして行く程に、弟心地悪しと謂ふ。

 饑じきやと問へばあらぬと答ふ。彼れ此れ船は彼方に着きにけり。直に中宮祠に至る。船に乗り返さんとせしに、船は好まずと弟謂ふ。如何せしぞと問へば胸苦しと答ふ、船酔したりけり。

 海国男子にしありながらと笑ひつつ、止むなく彼方のさびしき岸の山道たどりて只二人行く。歌が浜も取りいそぎて能くは見ず。一里半も行きて日光へ向ふ道に来りぬ。

 

 弟いたく疲れたれば道の景色も見やらで、馬返にて昼飯は年魚(注;鮎)の塩焼き、今まで精進料理にて喉通らざりし口には又一きはに覚えたり。

 これよりいそぎて東照宮を拝し、二時の汽車にて帰らんと急げども、疲れし足のはこび悪しく神橋につきし頃ははや一時半頃なれば、此の汽車は断念して心静かに金殿玉楼燦々爛々としてまばゆきあたりを徘徊して、日光公園など見て、自然の公園の中に此の見苦しき公園を作りし白痴よなど笑ひぬ。

 実に此の公園を見れば、巨木あり静池あり又腰掛石さへあるに非ずや。都なりせば至極結構なる公園とこそ謂ふ可けれ、今日光にありては何の用か為す。

 

 此の公園より一歩を進めよ、大谷の川は流れ清く、巨巌大石其岸に累々としてあるに非ずや。前山の古木蒼樹は幽静と偉大の観を為さざるなし。去るを今茲に日光の面よごしを作る可笑しさよと、独り声高らかに打ち笑ふ。

 

 五時発の汽車に乗りて鹿沼につけば早やたそがれ、車を雇はんとせしも思ふに任せず、疲れし弟を労はりて奈佐原(注;現在の鹿沼)に着き、車に弟載せて先ず行かしめ、独り楡木まで来りて車に乗り十時頃帰りぬ。